北京郊外に広がる世界遺産、明十三陵。名前は知っていても、13の陵墓がどのように並び、どこから見学すればよいのか、訪れる前は全体像をつかみにくい場所でした。

実際に行ってみると、明十三陵は一つの入口からすべてを見て回る観光地ではありません。陵墓や神道は広い範囲に点在しており、それぞれの場所へ移動する必要があります。私は北京市内の三里屯にあるホテルを出発し、昭陵→定陵→神道の順に巡りました。

最初に訪れた昭陵は、明の隆慶帝と3人の皇后が眠る陵墓です。門や殿舎、石碑などが地上に並び、入口から奥へ歩きながら見学できます。今回はホテルからの移動方法と実際にかかった料金、昭陵で見たものを撮影順に紹介します。

まるみ

明十三陵って、13のお墓を一か所で見られるの?

まるもん

実際には広い範囲に点在しているよ。今回は三里屯から車で昭陵へ行って、その後に定陵と神道を巡ったんだ

まるみ

昭陵では何が見られるの?

まるもん

隆慶帝の陵墓で、赤い門や祾恩殿、亀の形をした石碑の台座が印象的だったよ。入口から奥へ歩く順番に紹介するね

昭陵はどんな場所?

昭陵は北京市昌平区の大峪山東麓にあり、明の皇帝・隆慶帝(朱載垕)と3人の皇后が葬られています。明十三陵を構成する陵墓の一つです。

昭陵には、少し珍しい成り立ちがあります。地下の埋葬施設は、もともと隆慶帝のために造られたものではありません。先代の嘉靖帝が自身の父母のために造らせたものの使われなかった施設を、隆慶帝の死後に活用し、その周囲に地上の建物を整えました。

現在の昭陵で目を引くのは、門や殿舎が並ぶ整った景観です。ただし、これらがすべて明代からそのまま残っているわけではありません。建物は火災や損傷を経験し、1980年代後半から復元修理が進められました。昭陵の見学では、陵墓の造りとともに、修復を経て現在の姿になった歴史も知っておきたいところです。

昭陵の開放時間

昭陵の入口で撮影した掲示には、次の時間が記されていました。

期間開放時間チケット販売・入場確認
4月1日~10月7日8:30~18:008:30~17:30
10月8日~翌年3月31日8:30~17:008:30~16:30

私が訪れた2026年3月21日は、8時30分~17時の期間です。チケット販売と入場確認は閉園より早く終わるため、午後遅くに向かう場合は注意が必要です。

この表は訪問時に現地で撮影した掲示に基づいています。開放時間は変更される可能性があるので、旅行前には最新の案内も確認してください。私は今回タクシーで行ったのですが、近くの駐車場に20分前には到着しました。

【体験談&周辺散策】

朝20分ほど早めに着いたので、周辺散策をしました。あたりはレンガ造りの家が立ち並び、古い家がたくさんありました。スーパーも近くにあったので飲み物やちょっとした食べ物を購入する際は立ち寄ってもいいかもしれません。

三里屯のホテルから昭陵へ|配車料金は150.20元

この日の出発地点は、北京市朝陽区の宜巣サービスアパートメント(北京三里屯工体)。工体北路21号、永里国際(永利国际)の建物内にある宿泊先です。

朝、ホテルの建物を出て配車アプリ「滴滴」で車を手配しました。注文履歴(下の写真)では、「永利国際ショッピングセンター・東南門付近」から「明十三陵景区・明昭陵・正南門チケット売り場」までの車を注文しています。

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ホテルの外観を撮ったときには、建物に朝日が当たっていました。昭陵へ向かうにつれて周囲の景色が変わり、目的地の近くでは山並みも見えてきます。北京市内の観光地を移動するときとは違い、明十三陵が郊外に広がる場所であることを感じました。

ホテル付近から昭陵まで、実際に支払った配車料金は150.20元です。配車料金は利用日や交通状況などで変わるため、旅行費用を考える際の一例として参考にしてください。

明十三陵には複数の見学場所があります。配車アプリを使う場合は、目的地を「明十三陵」だけで検索せず、今回のように「明昭陵」の入口まで指定すると、行きたい場所を伝えやすくなります。

昭陵に到着|入口の案内から見学を始める

昭陵に着くと、入口付近には陵墓の名前を記した石の表示や案内板がありました。

まずはここで昭陵の説明を確認してから、建物の方へ進みます。

正面に見える門は、赤い壁と黄色い瓦屋根が印象的です。門の前に立つと、その奥にも建物が続いていることが分かります。私が入口付近を撮影したのは8時30分ごろ。朝から定陵と神道も巡る予定だったので、昭陵から見学を始めました。

門の近くで案内を見ておくと、これから歩く場所を把握しやすくなります。明十三陵全体の話と、いま見ている昭陵の建物の話を結びつけるためにも、入口の案内板は立ち止まって読みたい場所です。

赤い門と石橋を通って奥へ

門をくぐると、石畳の道が奥へ続きます。途中には白い欄干の石橋があり、その向こうに次の赤い建物が見えました。

昭陵では、建物を一つだけ見て終わるのではなく、門を通り、橋を渡り、さらに奥の建物へ進む流れを体験できます。正面に見える建物を目指して歩くと、陵墓の建物が順番に配置されていることが分かります。

門に近づいて見上げると、屋根の下には青や緑を使った細かな彩色がありました。離れた場所から見たときの赤と黄色の印象とは、少し違います。門を通った後に振り返ると、石畳の道や木々も重なり、来た方向にも見応えがありました。

祾恩門から祾恩殿へ|祭祀の場所を歩く

奥へ進むと、木々の間から大きな黄色い屋根が見えてきます。

昭陵の中心部には祾恩門と祾恩殿があり、祾恩殿は皇帝や皇后を祭るための建物です。

写真では、石畳の道の先に殿舎が見え、近づくにつれて赤い柱や屋根の装飾がはっきりしてきました。木々の間から眺めた姿と、建物の正面から見た姿では、同じ場所でも印象が変わります。

北京市の観光案内によると、祾恩殿内には明代の秋の祭祀を再現した展示があり、左右の配殿では昭陵に葬られた皇帝・皇后や、明代の皇族の墓葬について紹介しています。今回の写真には展示室内の様子を残していませんが、これらの建物が単なる装飾ではなく、祭祀や歴史の紹介に関わる場所だと分かります。

現在見られる祾恩門や祾恩殿は、損傷を経て修復・復元された建物です。昭陵は完成後にも地盤沈下による修理が必要となり、後の時代には火災にも見舞われました。鮮やかな建物を見ながら、その姿が長い年月を通じて守られ、整えられてきたことにも思いを向けました。

大きな石碑と亀の形をした台座

建物を見た後には、石碑にも目が留まりました。特に印象的だったのは、石碑を支える亀の形をした大きな石の台座です。

少し離れた位置では石碑全体の大きさが分かり、近づくと亀の頭や甲羅の造形が見えてきます。赤い壁や彩色された屋根とは違い、石の重厚さを感じる場所でした。

昭陵の地上建築には、門や殿舎のほかに神功聖徳碑に関わる建物も含まれます。建物の前を歩くだけでなく、こうした石造物にも目を向けると、見学できるものの幅が広がります。

昭陵で見た建物は、すべて明代から残っている?

昭陵を訪れて気になったのが、整った建物がどのような経緯で現在まで残ったのかということです。

故宮博物院の解説によると、昭陵は明代に造られた後、建物の沈下や火災、損傷を経験しました。清代にも修繕されましたが、その際には一部の建物の規模や形が変わっています。その後、1987年から地上建築の復元修理が本格的に始まり、1990年に観光地として公開されました。

いま目にする門や殿舎には、明代の陵墓の配置を伝える役割と、後の時代に修復を重ねてきた歴史の両方があります。昭陵の建物がよく整って見える理由を知ると、見学の印象も変わりました。

昭陵から定陵へ|移動料金は13.50元

昭陵の見学後は、次の目的地である定陵へ向かいました。

滴滴の注文履歴では、「明昭陵・正南門チケット売り場付近」から「定陵・東南門チケット売り場付近」への車を注文しています。昭陵から定陵までの配車料金は13.50元でした。

昭陵と定陵は同じ明十三陵の中にあっても、見学する入口は別々です。一日に複数の場所を巡る場合は、それぞれの場所を目的地に設定して移動すると分かりやすいでしょう。

まとめ|昭陵では地上に続く陵墓を歩いてたどれる

昭陵では入口の案内を確認し、赤い門、石橋、祾恩門、祾恩殿、石碑へと歩きました。門の向こうに次の建物が見え、少しずつ奥へ進んでいくことが、写真で振り返っても印象に残っています。

隆慶帝のために既存の地下施設が使われたという成り立ちや、建物が損傷と修復を経て現在の姿になった歴史を知ると、昭陵をより深く見ることができます。

今回の移動で支払った交通費は、三里屯のホテル付近から昭陵まで150.20元、昭陵から定陵まで13.50元でした。次の記事では、昭陵とは異なる見どころを持つ定陵と、地下宮殿の見学について紹介します。

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